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2000.\

 奇跡のホルン


 デニス・ブレイン
 その完璧なテクニックと音楽性で数々の名演を残し36歳で事故死し,伝説となったホルン奏者である。
 伝説はただ若くして亡くなったからというだけでは成立はしない。その裏付けとなる芸術が,同時代の演奏家のそれを遙かに越えていたからこその伝説なのだ。
 奇跡のホルン スティーブン・ペティット 著  山田 淳 訳 春秋社芸術を形作るものの一つにテクニックがあるが,それだけでは芸術足り得ない。
 ブレインはそれまでのホルンが持っていたイメージを大きく,革命的に変えた。
 ドイツやフランスでは認められなかった音色は,しかし現代に残った本質のごく一部しか伝えられない録音によって聴くことができる。死後43年たった今日までその魅力に虜になる人々が後を絶たないのは,この楽器がまだまだ発展の途上にある事を我々に示しているのではなかろうか。この本はデニスブレインという希代のホルン吹きの伝記には留まらない。
 それを端的に表してくれる名文が「訳者あとがき」にある。
 以下はそこからの引用である。
 「世界でも希なホルン奏者一族の年代記という,他に類例のない新鮮な切り口を通じて19世紀後半から20世紀半ばに至る英国楽団,さらには二つの世界大戦を経た英国社会史そのものが,生き生きと再現されている点にある。祖父,叔父,父,そしてデニスにまつわる大小様々なエピソードは,その行間から各時代固有の「空気」を如実に漂わせており,このささやかな書物を通じて読み手の我々も,ヴィクトリア朝から現代,クリミア戦争からスエズ動乱,スコットランドから米国西海岸の渓谷へと,幅広い時代を一気に駆け抜けるかのようである。」
 様々な名指揮者,名演奏家,作曲家とのエピソードがその悲劇的な人生を彩り,伝説をさらに伝説的にする。

百文は一聴に如かず
 「百聞は一見に如かず」という諺がある。人から百回聞かされても,そのものを見ることには叶わないと言う諺だが,WEBに限らずこうした批評的な文章をいくら書いたところで,その音の素晴らしさは本当にその音を耳にすることには叶わないのだ。
 しかし,幸いなことに最近では過去の伝説的演奏の復刻がブームであり,録音として残ってさえいれば聴くことができる。
 「奇跡のホルン」のなかで取り上げられた数々の名演はいま,この放送音源などの発掘や復刻のブームの中でその命を甦らせようとしている。夥しい数のフィルハーモニア管弦楽団やロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との録音,現代イギリスの生んだ大作曲家ベンジャミン・ブリテンの彼のための作品群などは,権利を有するEMIやDECCAだけでなくその両社の過去の音源の復刻に情熱を注ぐTESTAMENTや,BBCの放送録音を専門に発売するBBC CLASSICSなどによって再び,または初めて世に出ることとなった。そしてその中には今まで世に出たことのない伝説の記録も含まれていた。
 
 トスカニーニがフィルハーモニア管弦楽団を指揮して演奏したブラームス・チクルスの全貌が,レッグが別に録音して所持していた音源の中から甦った。
ブラームス交響曲全集 トスカニーニ指揮 フィルハーモニー管弦楽団 発売はTESTAMENT。
 様々な権利関係をクリアして発売されたこの盤は,デニスの芸術をも甦らせてくれた。
 ブラームスの交響曲全4曲にはホルンの重要なソロが多いが,第1番の2楽章でのソロはヴァイオリンとの掛け合いが美しく,また4楽章のアルペンホルンを思わせる雄大な音形はその音に圧倒される。
 第2番では冒頭からデニスのソロが冴えわたり,音の鳴った瞬間からブラームスの意図した世界へいざなってくれる。このソロはこうあるべき,こうでしかないとでも言うべき瞬間がつづく。
 第3番では3楽章1分27秒からのオーボエとフルートとのソリでは素晴らしいバランスを見せ,3分44秒からのホルン・ソロでは絶品の美しさを見せる。
 第4番では1楽章1分36秒からのチェロとの旋律を朗々と歌いきり,4楽章のコラールから最後の和音まで見事な演奏を聴かせる。
 全曲のホルンパートを通じて言えることは,素晴らしい完璧さだ。完璧という言葉には誤解を招く危険性があるが,技術(音程,音色,アタック,etc.),音楽性(フレージング,解釈)とも完璧としか言いようがない。どんなときも必要なときに必要な音がする「完璧な」オケ・マンだ。
 本文の中でエピソードとして綴られる様々な大指揮者との共演もこうして耳にすることができ,この本と合わせて聴くことによって,ますます興味深いものとなる。
 喜ばしいことに,巻末にはある程度詳しい彼のディスコグラフィーが収録されている。
 是非お手持ちのCD類にデニスの音が入っていないか探してみて欲しい。と合わせて読み,聴いて欲しい。

 P.S.
 デニスの芸術に惚れ込んだHPを紹介。
 憧れのデニスブレイン 夢中人ここではデニス・ブレインの詳細なディスコグラフィーや逸話などが紹介されている。


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